JR各社には、福祉的支援が必要な人向けの運賃割引制度がいくつか導入されています。その中で、公的扶助を受ける人に向けた割引制度があることをご存じでしょうか。
JR各社では、公的扶助受給者向けに「特定者用定期乗車券」が発売されています。生活保護や児童扶養手当といった公的扶助を受ける人への就労支援の一環として提供されており、通勤用定期乗車券が所定金額の3割引です。
この割引制度自体は、JR各社によって提供されています。しかし、対象者の認定については地方自治体が担っているため、鉄道の運賃割引制度の中でも公的な性格が強いです。このため、割引定期券を購入するためには、自治体の役所での手続きが必要です。
実は、筆者自身も特定者用定期乗車券を購入し、職場への通勤に活用した時期がありました。

就労支援が割引の主眼であるために、割引対象となる券種が通勤用定期乗車券に限定されています。生活全般に活用できる制度ではないものの、通勤交通費が自腹の人にとっては大きな支えに違いありません!
この記事では、生活保護受給者および児童扶養手当受給者に限って購入可能なJR線「特定者用定期乗車券」の申請方法や購入方法をご説明します。利用経験者の切り口で発信する情報は、非常に稀だと思います。公的扶助を受給する皆さまの参考になれば、幸いです。
- 生活保護受給者と児童扶養手当受給者を合わせて「特定者」と呼ぶこと
- 通勤定期券に限って所定運賃の3割引になること(小児半額)
- 居住する区市町村役所とJR駅の両方に出向く必要があること
「特定者用定期乗車券」の購入対象者

最初に、特定者用定期乗車券を購入できる対象者について、詳しく掘り下げます。
「特定者」の定義
JRの前身である国鉄は、福祉を受ける必要がある人向けの運賃割引制度をいくつか残しました。
当記事で取り上げるのは、その中でも特定者向けに発売される「特定者用定期乗車券」です。「特定者」とは、具体的に誰のことを指すのでしょうか。
冒頭で申し上げた通り、公的扶助を受給する人のことを規定上「特定者」と言い、以下の人が対象になります。
- 生活保護受給者
- 児童扶養手当受給者
生活に困窮した人が最後のセーフティーネットとして受給するのが、生活保護です。また、所得水準が低いひとり親世帯は、児童扶養手当を受給できます。いずれも、誰しもが受給する可能性のある公的扶助です。
これらの公的扶助受給者は生活に困窮していることから、自立するための就労支援が欠かせません。その一環として、就労に必要な通勤定期券を割り引くことには、十分に意義があると言えるでしょう。
生活保護の受給対象となる基準と受給者数
原則として、高齢や疾病、障がいによって就労できない人が、生活保護を受給できます。収入がなく、資産もなく、援助できる家族もいないという最後の状況になって初めて受給可能な公的扶助です(いわゆる「無敵の人」と同じ状況と言えます)。
居住する自治体(福祉事務所)に申請を出し、受給が決定すれば毎月生活費が得られます。しかし、収入の状況や預金残高、就職活動の記録等、多くの資料を福祉事務所に毎月提出しなければなりません。生活保護を受給すると、その分自由が奪われる覚悟が必要です。
厚生労働省の調査によれば、2023年12月現在の生活保護受給者数は、概ね202万人です。
生活保護受給者の大半が働けない状態であるため、特定者用定期乗車券を購入して職場に通勤するのは、むしろ稀でしょう。しかし、障害福祉サービスを利用し、作業所に通所するために、生活保護受給者がこの定期券を活用するケースは十分に考えられます。
児童扶養手当の受給対象となる基準と受給者数
一方、所得が限られているひとり親世帯が受給できるのが、児童扶養手当です。離婚や死別で両親がいない世帯に18歳までの児童がいる場合、収入によって手当の金額が決まります(18歳に達してから最初の3月末日まで)。
児童扶養手当は、低所得世帯に対する支援です。ひとり親世帯であれば、高収入でない限りは受給する機会があるのではないかと思われます。生活保護のように生活上の制限もないため、比較的活用される制度です。
子ども家庭庁の調査によれば、2022年度末時点の児童扶養手当受給者数は、概ね81.7万人です。
就労に当たって通勤交通費が支給されないケースが想定されるため、特定者用定期乗車券を購入できる意義は十分あります。そのため、手当受給者の多くがこの定期券を活用していると考えられます。
「特定者用定期乗車券」の割引内容

生活保護受給者や児童扶養手当受給者が対象の「特定者用定期乗車券」の割引内容について、ご説明していきます。
割引される乗車券の券種
前述の通り、割引の対象となる券種は、通勤用定期乗車券に限定されます。普通乗車券については、障害者割引や学割とは異なり、割引の対象外です。
特定者における割引制度に関しては、日常生活の支援よりも就労支援に焦点が当たっています。したがって、職場に通勤するための定期乗車券に限って、運賃が割引される形です。
特定者用定期乗車券の割引率・対象区間
特定者用定期乗車券の購入対象者は、JR線内で有効な通勤定期券を、特定者用定期乗車券として所定金額の3割引で購入できます。
小学生に適用される小児定期運賃にも割引が適用され、発売金額は小児用通勤定期券の3割引となります。ただし、指定学校への通学に使用する場合、大人・小児とも通学定期券よりも高いので、あまり使う機会はないでしょう。
この定期乗車券の対象区間は、原則としてJR6社管内の全区間です。ただし、旧国鉄およびJRから路線を継承した一部の鉄道事業者においても、この割引制度が存在します。
- 東京メトロ:綾瀬駅・北千住駅間に限る
- 青い森鉄道
- あいの風とやま鉄道
- IRいしかわ鉄道
- ハピラインふくい
公的扶助の受給期間中であれば、定期券の期間には特に制限はありません。購入者自身で、1か月・3か月・6か月から期間を選択できます。
「特定者用定期乗車券」の購入実例 ~きっぷの様式~
筆者は2017年に生活保護の受給を開始し、その後まもなく、ある企業への再就職が決まりました。その際、購入のための証明書を役所で入手し、駅で特定者用定期乗車券を購入しました。

これは、当時の自宅からの最寄り駅である日暮里駅(東京都荒川区)から、通勤先の渋谷駅(東京都渋谷区)までの特定者用定期乗車券です。購入当時の値段は、3か月通勤定期乗車券の所定金額16,580円の3割引で、11,600円でした。
磁気定期券またはSuica等の交通系ICカード定期券(デポジット要)のいずれでも購入できます。無割引の定期乗車券と区別するため、特定者用定期乗車券には、上部に[保]と印字されています。
この定期乗車券は記名式で、購入者以外の他人が使用できないことは、言うまでもありません。

それでは、特定者用定期乗車券を購入するための手続きを、順を追ってご説明します!
「特定者用定期乗車券」を購入するまでのステップ
特定者用定期乗車券を購入するためには、あらかじめ役所での手続きが必要です。いきなり駅に行って購入できるものではありません。
ここでは、特定者用定期乗車券を購入する流れを順を追ってご説明します。
ステップ1:区市町村役所での手続き
まず、区市町村の役所にて、公印が押された「特定者資格証明書」および「特定者用定期乗車券購入証明書」を発行してもらいます。生活保護受給者と児童扶養手当受給者では、流れが少しだけ異なります。
- 特定者資格証明書:受給中ずっと使う(定期更新要)
- 特定者用定期乗車券購入証明書:定期券購入ごとに1枚必要
生活保護受給者
各区市町村の福祉事務所にて、担当のケースワーカーにこれらの証明書の発行を申し出ます(福祉事務所の名称は、自治体によって異なります)。
- 東京都特別区:福祉事務所
- 一般の市町村:福祉課・支援課など
その際、縦4cm・横3cmの写真1枚(申請日前6か月以内に撮影)を添えて、役所に置いてある「特定者資格証明書交付申請書」に記入します。
福祉事務所を訪れて窓口で発行してもらうことも可能ですし、ケースワーカーが訪問する際に依頼することも問題ありません。筆者は、通勤用に定期券を割引で購入したい旨を担当のケースワーカーに伝え、作成を直接依頼しました。
児童扶養手当受給者
各区市町村役所の児童扶養手当支給担当部署の窓口にて、これらの証明書の発行を依頼します。各自治体によって部署の名称が異なるため、ご自身で確認してください。
生活保護と同様、写真と申請書が必要です。
窓口で依頼するため、発行まで時間がかかる場合もあります。時間に余裕をもって依頼しましょう。
ステップ2:発行された各証明書の確認(証明書の様式)
発行された各証明書の様式は、以下の通りです。
特定者資格証明書
特定者であることを証明するための書類で、定期券と同じサイズです。

表面には、氏名・生年月日・住所および証明書の発行日が記載されています。

裏面には、証明書に関する注意事項が記載されています。
定期券を使用する時は、この証明書を携帯します。生活保護受給者だったため、この証明書は社会福祉事務所長名義で発行されています。
特定者用定期乗車券購入証明書
JRの駅窓口にて、定期券を購入するたびに提出する証明書です。

表面には、購入する定期券の乗車区間・住所・氏名を記載します。

裏面には、使用上の注意事項が記載されています。
特定者資格証明書と同様、社会福祉事務所長名義で発行されています。
ステップ3:JR駅での定期券の購入
発行された特定者資格証明書と、必要事項を記入した特定者用定期乗車券購入証明書を持って、JR駅にあるみどりの窓口に向かいます。

みどりの窓口がない駅で、「話せる指定席券売機」や「みどりの券売機」が設置されている駅では、オペレーターを通じて購入できます(対応時間帯のみ)。

これは、前掲した特定者用定期乗車券です。列車に乗車する際、この定期券と特定者資格証明書を携帯します。

筆者の考察に少しだけお付き合いください!
「特定者用定期乗車券」の存在意義と課題

公的扶助を受けている人向けの特定者用定期乗車券の発売は、旧国鉄時代から継続しています。社会福祉政策の一環として導入された制度です。
この定期券は、生活に困窮している対象者の自立を促すための就労支援に活用できる社会資源です。そのため、公益に資する社会福祉制度としての存在意義は十分にあると言えるでしょう。
しかし、この制度に関しては制定から長期間が経過し、現在のニーズに合っていない側面があります。就労支援が必要な層が本来はもっと広いにもかかわらず、この定期券の購入対象者がかなり限定されています。経済的に困窮している就労系の障害福祉サービス利用者にも対象が広がると、この制度がより活きるでしょう。
しかし、この制度による定期運賃の割引は福祉の性格が強く、割引のための原資を誰が負担するかが問題になります。
持続的な制度とするために、また支援が必要なすべての層に行き届くために、行政が予算措置を行い、割引原資を負担するのが望ましいと考えます。
まとめ

生活保護や児童扶養手当といった公的扶助の受給者は、JR線の定期運賃が3割引になる「特定者用定期乗車券」を利用できます。世帯主のみならず、世帯員全員が利用の対象です。
生活困窮者やひとり親世帯にとっては、この定期券は生活を支える強い味方です。特に、生活保護を受給しながら作業所に通所する人には、よくフィットしています。扶助を受給していれば条件なしに購入できるので、十分に活用したいです。
この定期券については、いきなり駅に行って購入することはできません。駅に行く前に、自治体の担当窓口で「特定者資格証明書」および「特定者用定期乗車券購入証明書」を発行してもらいます。
駅では自動券売機では購入できず、みどりの窓口で購入します。オペレーターと話す機能がある指定席券売機であれば、オペレーターを通して購入が可能です。
生活困窮者や低所得者世帯に対する就労支援として、通勤定期券を割引で提供するのは、とても意義深いことです。持続的な制度であるために、行政が原資を負担することが求められるでしょう。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料
● 旅客鉄道株式会社 特定者用定期乗車券発売規則 2025.02閲覧
● 東京メトロ 営業のご案内 2024.8.01
● 2022 社会福祉の手引(東京都福祉保健局)
● 厚生労働省プレスリリース「生活保護の被保護者調査(令和5年12月分概数)の結果を公表します」2024.3.6付
● こども家庭庁 児童扶養手当 2025.02閲覧
当記事の改訂履歴
2025年02月18日:当サイト初稿
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